結城秀康生誕450周年記念

茨城県結城市で開催された「結城秀康生誕450周年記念」イベントに参加してきました!
刀剣乱舞ONLINEともコラボレーションしており、ファンの方が全国から訪れていました。

天下三名槍のひとつ「御手杵(おてぎね)」の模擬体験会。

長さ4m、重さ22.5kgの模擬御手杵を持ち上げました。

うーん、重い!

結城秀康:波乱万丈な人生を歩んだ徳川家康の次男

結城秀康は、1574年、徳川家康の次男として生まれました。母は側室のお万の方で、幼名は於義丸。しかし、織田信長亡き後の1584年、家康と秀吉の講和により、秀吉の養子となり、羽柴秀康と改名されました。

1590年、秀吉の小田原征伐に参陣した結城晴朝は、秀吉に自身の後継者を願い出ます。秀吉はこれを認め、秀康を結城家18代当主として送り込みました。秀康は17歳で家督を継ぎ、以降、結城秀康と名乗ります。

1600年の関ヶ原の戦いでは、家康の命により宇都宮に陣を張り、上杉景勝の動きを封じました。その功績により、越前・北ノ庄(福井)68万石余に加増され、転封となりました。越前に入国した秀康は、家臣団と共に結城家ゆかりの寺院や町人などを移転させ、「結城引っ越し」と呼ばれる盛大な移転を行いました。また、軍事面では城下町を整備し、生活面では上水路を整備するなど、福井の発展に大きく貢献しました。さらに、人材面では武勇に秀でた人材を登用し、家臣団の強化にも努めました。

秀康は、徳川秀忠の兄でありながら将軍になることは叶いませんでしたが、家康や秀忠から信頼され、徳川政権の樹立に貢献しました。また、結城と福井の町並みの基礎を築くなど、その功績は多岐にわたります。

結城秀康生誕450周年記念

手打ち蕎麦 永(とこしえ)

手打ち蕎麦 永(とこしえ)で、アナゴの天ぷらとお蕎麦を食べてきました。アナゴが大きくて美味しかった~。

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